マスタリング・エンジニア塩田浩 - Synthax Japan Inc. [シンタックスジャパン]
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導入事例
インタビュー:塩田浩(マスタリングエンジニア)

「音をどうやってグルーヴさせるか」

インタビュー:塩田浩(マスタリングエンジニア)

日本のヒップホップ界における伝説のグループ、キングギドラをはじめラッパ我リヤやMSC、舐達麻、ISSUGIなど第一線で活躍するヒップホップ・アーティストたちを手掛けるマスタリング・エンジニア、塩田浩さん。レコードの持つ“アナログ感”をマスタリングの技術へ落とし込んだサウンドは、若いアーティストからも絶大な支持を得ています。常に進化をするヒップホップのサウンドと、それにマッチしたマスタリングを追求する塩田さんが使用するのはRME ADI-2 Pro FS。このインタビューでは独学で学んだエンジニアとしての考え方、機材へのこだわり、そしてRME ADI-2 Pro FSを使用する理由について伺いました。 


塩田さんがマスタリング・エンジニアのキャリアをスタートさせたきっかけは?

僕が所属している東京録音という会社は、もともとカセットテープの複製の業務が多く、僕はアルバイトで入ってオーディオテープのコピーをしていました。そのうちにマスターテープを作る部屋が会社にあることに気がついて、それから「音響を制作するってどういうことなんだろう?」と興味を持ち、マスター制作の部署に異動させてもらいました。音楽メディアもテープからCDへと切り替わっていった頃に、会社でもマスタリングをやるという話になったのですが、テープ複製の業務で儲かっていたこともあり、ラッキーなことに僕はマスタリングの機材と専用の部屋をひとつ割り当ててもらえたんです。ただし、会社自体もマスター音源の制作に関しては詳しくなくて、僕も機材の知識や技術が全然なかったので、けっこうなプレッシャーでした。レコード会社の方などにエンジニアリングの知識を教えてもらったり、機材のメーカーに電話したりしながら、独学で学んでいきました。幸いにもロックが好きで昔にバンドでギターを弾いていたこともあって、かっこいい音がどういうものかというのは何となく分かっていたのがよかったですね。

ロックが好きだった塩田さんが、ヒップホップに関わっていくきっかけは何でしたか?

エンジニアリングができるようになってから、スーツを着ていろんなレコード会社に手当たり次第に営業をしていたときに、レコードレーベルのPヴァインから「ファンカデリックのリマスタリングをしてほしい」というお仕事をもらったのがきっかけです。そのPヴァインがヒップホップのアーティストを手掛けるようになり、僕も関わらせてもらうようになりました。それで最初の仕事がいきなり、キングギドラ(注:ZEEBRAが在籍した伝説のヒップホップグループ)の『空からの力』(1995年)のマスタリングでした。僕はロックだけじゃなくていろんな音楽が好きでしたが、特にヒップホップに詳しかったわけではなかったので、仕事をするうちにキックとベースを重要視するヒップホップ独特の“鳴り”に魅了されるようになりました。

塩田氏が手掛けた数々の作品
塩田氏が手掛けた数々の作品

エンジニアとしての塩田さんの“個性”はどのように培われたのですか?

これまでに聴いてきた音楽の影響もあると思います。僕はレコードで洋楽を聴いてきたので、その鳴りを出したいなと。若い頃からピンクフロイドが好きで、ああいった自然に没入できるサウンドを作りたいと思っていました。あとは、現場で学んだヒップホップの影響も大きいですね。2000年代に入った頃、僕にとってはロックがあまり面白くなく感じていて、その代わりに海外のヒップホップを聴くようになったら、低域の出し方が日本のアーティストとは全然違うなと。これを究めたいと思って、今に至る感じです。

ご自身の音作りで影響を受けたアーティストはいますか?

ドクタードレーはもちろんですが、ヒップホップは常にサウンドが進化していくのが面白いんです。ちょっと前ならドレイク、ケンドリック・ラマーのサウンド作りも素晴らしい。だから僕は今、すごく調子がいいですよ。マスタリング・エンジニアをはじめてちょうど30年になるのですが、ようやく技術も機材も整ってきたので、もっと究めたいなと思っているところです。

長年のキャリアのなかで、塩田さんの印象に残っている現場、エピソードがあれば教えてください。

ヒップホップではないのですが、フリクションのリマスタリングの仕事は思い出深いですね。時代はすでにCDが主流でしたが「カセットテープからマスタリングしてほしい」というリクエストを受け、カセットのマスターからどうやってレンジの広い音を出すかを考えて、STUDER A80にマスターテープを入れてみたんです。そうしたらすごくレンジ感が広がって、「演奏していた人たちはこういう音を聴いていたんじゃないか」と思いました。A80に取り込んだ6インチ・テープをマスターにして、Sonic Solutionsでマスタリングをして、Pacific MicrosonicsのHDCDでA/Dをしました。あとはキングギドラの『空からの力』ですね。あのマスタリングはZEEBRAが立ち会っていて、サウンドを確認してから「車で聴きたいから、カセットテープに落としてほしい」と言われて。作品はCDでのリリースでしたが、当時の車のカーステはまだカセットが主流。彼らに車で聴いてもらって「最高だった」という返事をもらったのを覚えています。
 

キングギドラの頃は、まだ塩田さんも駆け出しの時代だと思います。当時はエンジニアとしても試行錯誤していたのでは?

そうです。余裕があまりなかったので、これはあがってきたミックスを信じたほうがいいなと思い、あまり手を加えない方向でやりました。ZEEBRAの要望を聞きながら、素直にA/Dをして軽くEQをしたくらいですね。まだヒップホップのことがあまり分かっていなかった僕は、彼らからリリックやフロウの乗せ方の凄さを教えてもらいました。“なんでこんなリリックが書けるんだ”って、衝撃を受けましたよ。

塩田さんが手掛ける作品から感じる“アナログ感”は、90'Sヒップホップの再評価が進む今の日本のヒップホップ・シーンともリンクします。そういったアナログ感のある音作りに関して、意識する部分はありますか?

例えば、アメリカと違って日本は大きな音で音楽を聴く環境が少ないので、大きな音で鳴らしたときに気持ち良く聴こえるかという点では、歴然とした差があると思っています。その点において、僕はアナログ・レコードの音像に慣れ親しんでいたのは良かったなと思っていて。なぜなら、レコードの音は大音量でも鳴らしても耳に痛く感じないからです。これは“周波数帯が被っていないから”で、それがヌケが良くて痛くもなく迫力のある音になる。そのことが分かってからは、音がぶつからないようにサウンド全体を意識するようになっていきました。この“アナログ感”というのが自分のエンジニアとしての個性だと思っています。

ということは、EQが大切になってくるということですね。

ええ、そうすることで音像がひとつひとつ明確になり、コンプをあまりかけなくても抜けてくるようになります。むしろコンプが強いと、音がごちゃついて痛さがでてしまって、クラブなどで聴いたときに良く聴こえません。今の時代で大事なのはiPhoneでも、クラブでも、車でも気持ち良く聴こえる音を作ること。そのためにはAD/DAコンバーターが一番大切ですね。シンプルにアナログに変換したときに良いケーブルとコンバーター、あとミックスが良ければよいサウンドになりますよ。

塩田さんは現在、AD/DAコンバーターにRME ADI-2 Pro FSをお使いですが、その経緯について教えてもらえますか?

自分が作業するコンピューターの環境をデスクトップからラップトップへと移行していたときに、USBで接続したほうが音の解像度も良いなと思っていて、それにマッチしたコンバーターを探してたらRME ADI-2 Pro FSに辿り着きました。テストしたときに“これはヤバいな”と。自分が使っているWindows 10の環境ともしっくりくるし、素直な音で解像度も高く、今の時代にすごくマッチしていると感じました。
 

RME ADI-2 Pro FSをご自身の環境で使用したときに、どんな印象をお持ちですか?

僕はマスタリングをするときにシンプルにA/Dする場合と、その間にチューブのEQやMASELECなどのマルチバンド・コンプを挟む場合があります。後者のパターンは以前使っていたコンバーターだと音がボケることがありましたが、RME ADI-2 Pro FSはもっと良い音になるし、僕の好きなアナログ感のある音も出せました。つまり、RMEは音に色付けが無いんですよね。以前はAES/EBUで機器を接続していて、そうすると一般的には外部クロックを導入したりしますが、あれは音が綺麗になり過ぎるというか、ロックがロックに聴こえなくなるのであまり好きじゃないんです。僕はもともと演奏者だったこともあって、普段からマスタリングするときも音を“どうやってグルーヴさせるか”を念頭に置いているので、“綺麗な”色付けよりも、無機質な音が必要でした。その僕のイメージにRME ADI-2 Pro FSは見事にハマったわけです。それもあって、DACのADI-2 DAC FSも導入しました。
 

徐々にシンプル化する塩田さんのマスタリング機材にもRME ADI-2 Pro FSはマッチしていたというわけですね。

ええ、今の時代を生き抜くのに無駄なものは要らないと思っています。今でも僕が手掛けるサウンドの質感にはアナログっぽさがありますが、最近はアウトボードをほとんど使わずにプラグインで処理しています。プラグインもEQとリミッターとダイナミック・プロセッサーだけです。アウトボードを通すとしたらそこで音を変えるのではなく、質感を得るためだけに使っています。特に海外のヒップホップは制作からミックスまですべてインターナルで完結していることが多いですから。そんな彼らから影響を受けながら、自分のマスタリングもシンプル化させている。そのほうが音も確実に良くなってきているんですよ。
 

確かに、今のアメリカのヒップホップはミニマルでレンジの広い音へと進化していますから、そういった意味でも塩田さんの機材の選択は、常に“今”を意識されているようにも感じます。

やっぱり無駄なものがないと良い音が出るというのが、今のヒップホップのトレンドにもつながっているんだと思います。僕はいつも自分がマスタリングした音源と海外の音源を同じプレイリストに入れてかけていて、そういうときに負けない音を探求しています。今はマスタリングのDAWにはStudio Oneを使っていますが、僕がこのソフトを教えてもらったのは若いヒップホップのプロデューサーK.A.N.T.A.で、ラップのちょっとダーティーで繊細な感じとか、キックのニュアンスとか、今の繊細なヒップホップを表現するのにはStudio Oneはすごくマッチするし、今の音がしますね。そうやって若いアーティストと一緒に好きな音楽のことを話しながら仕事しているのだから、楽しくてしょうがないですよ。僕は今年57歳ですが、こんなに10代のアーティストに囲まれている人ってあんまりいないと思いますし、僕にとっては最高の仕事です。
 

プロフィール



tl_files/images/rme_user/ShiotaPH/plofile_shiota.jpg塩田浩

東京録音にて独学でマスタリングを学び、マスタリング事業部を開設。Jヒップホップの先駆者、キング・ギドラ(空からの力’95)やラッパ我リヤ、MSC、BES、ISSUGI近年では、舐達麻 「GODBREATH BUDDHACESS」のマスタリングを担当した。 また、近年ではHIPHOPのみにとどまらず、日本のメジャーロックバンド『ASIAN KUNG-FU GENERATION』のマスタリングを手がけるなど、メジャーシーンのアーティストからも評価が高い。新譜だけではなく、数々のリイシュー盤も手掛けており近年ではジャパニーズ・ロックのレジェンド、フリクションのリイシュー盤やキング・オブ・ブルース!のB.B.キングの17枚ボックス・コンプリート盤のリマスター&マスタリングを担当した。アナログ・レコードから培った耳を活かし、ロック、ジャズ、ポップス、レゲエなどジャンルレスにマスタリングを行う。

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