言葉とピアノを対等に捉える工夫 『わたしが一番きれいだったとき:When I was young and so beautiful』にみる録音手法 - Synthax Japan Inc. [シンタックスジャパン]
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導入事例

言葉とピアノを対等に捉える工夫
『わたしが一番きれいだったとき:When I was young and so beautiful』にみる録音手法

ヴォーカルとピアノを、PCM版とDSD版の2つのアプローチで捉えた
『わたしが一番きれいだったとき:When I was young and so beautiful』にみる録音手法

一言で表すとしたら「文学的音楽」......いや、「音楽的文学」でしょうか。文字の無い頃から存在したとされる「詩」は、もともとは " 声 " であり " うた " でした。今回、「詩」の持つ魅力を再発掘したのは、RME Premium Recordings『三枝伸太郎 Orquesta de la Esperanza』でも幻想的な歌唱を聞かせた小田朋美。WOWOWドラマ『春が来た』の音楽を担当する実力派ながら堅苦しさは微塵もなく、レコーディングにおいては歌うたびに新たな表情を見せます――文字によって定着された詩が生き生きと動き出し、それを支える三枝のピアノはまるで、詩集のページをめくる時に指先が感じる紙質をも描いているかのよう。

三枝 伸太郎 / 小田 朋美

三枝・小田の世界観を捉えたのは、日本プロ音楽録音賞3年連続受賞の快挙を成し遂げたミック沢口氏。徹底したノイズ対策と 192kHz / 32bit の高音質収録をベースに、つねに新境地を開拓し続ける氏は、ボーカル用のマイクロフォンに無指向性のデジタル・マイクを採用する大胆なアプローチも。5chサラウンドのサウンドは、2chステレオとはひと味違った冒険的な仕上がりとなっています。また本作では、アナログ・ミックスをRME ADI-2 ProでDSD収録し、同じ演奏を異なる世界観で捉える実験が行われました。

Mick Sawaguchi(ミック沢口)レコーディング・エンジニア:Mick Sawaguchi(ミック沢口)

1971年千葉工業大学 電子工学科卒、同年 NHK入局。ドラマミキサーとして「芸術祭大賞」「放送文化基金賞」「IBC ノンブルドール賞」「バチカン希望賞」など受賞作を担当。1985年以降はサラウンド制作に取り組み海外からは「サラウンド将軍」と敬愛されている。2007年より高品質音楽制作のためのレーベル「UNAMAS レーベル」を立ち上げ、さらにサラウンド音楽ソフトを広めるべく「UNAMAS-HUG / J」を 2011年にスタートし 24bit/96kHz、24bit/192kHz での高品質音楽配信による制作および CD制作サービスを行う。2013年の第20回日本プロ音楽録音賞で初部門設置となったノンパッケージ部門 2CHで深町純『黎明』(UNAHQ-2003)が優秀賞を受賞。2015年には第22回日本プロ音楽録音賞・ハイレゾリューション部門マルチchサラウンドで『The Art of Fugue(フーガの技法)』が優秀賞を、続く第23回では、ハイレゾリューション部門マルチchサラウンドで『Death and the Maiden』が優秀賞を受賞。さらに第24回日本プロ音楽録音賞の前同部門において最優秀賞を受賞し、3年連続受賞の快挙を成し遂げる......ハイレゾ時代のソフト制作が如何にあるべきかを体現し、シーンを牽引しつづけている。


三鷹市芸術文化センター 風のホール

『わたしが一番きれいだったとき:When I was young and so beautiful』にみる録音手法

収録日時・場所:2017年 10月 5, 6日
三鷹市芸術文化センター 風のホール

録音フォーマット:PCM 192kHz / 32bit (float)
         DSD 11.2MHz(実験録音のみ)

ミック沢口氏の録音では、常に「Art」「Technology」「Engineering」という3つのコンセプトを柱に据え、そのコンセプトに基づいて録音が行われます。今回のコンセプトは下記のように設定されました。

1.Art

ヴォーカルとピアノを対等に表現する為、また、言葉とピアノで紡ぎ出される世界観をスタジオ録音とは異なるサウンド(ホールならではのサウンド)で捉える為に、スタジオ録音では当たり前のヘッドホンを使わず、演奏者が肌で呼吸を感じられる距離を大切に、また、アイコンタクトがとれることを前提として立ち位置(演奏場所)を決定。

2.Technology

言葉(ヴォーカル)とピアノを対等に表現するため、前作「『Contigo en La Distancia』~ 遠く離れていても ~」(RME-0011)では距離をおいたピアノのマイクロフォンを本作では近接設置とし、50 対 50 のバランスを実現。

また、ヴォーカル用マイクロフォンには無指向性のデジタルマイク「KM 133 D」を選定。ホールの響きも一緒に収録することにより、極めて自然な声の響きを収録。

3.Engineering

DUOでの演奏である本作においては、9ch イマーシブ・サラウンドでは響きが過剰になってしまうため、5ch のサラウンドを中心に据えた収録を行う。また、ステージ上に設置されたスピーカーからヴォーカルを少しだけ出すことによって演奏しやすいバランスを生み出し、かつホールにヴォーカルを響かせることで、ホール独自の自然なリバーブをより豊かなものにする。

使用マイクロフォン:

PCM版

ピアノ NEUMANN / KM 133 D ×3
(高音弦側から、L, R, C)

ピアノ NEUMANN / KM 133 D ×3(高音弦側から、L, R, C)

ピアノをヴォーカルと対等に表現するため、近接した設置となっています。

ヴォーカル NEUMANN / KM 133 D (手前)
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ヴォーカル NEUMANN / KM 133 D (手前)

無指向性のマイクロフォンで、ヴォーカルだけでなくホールの響きも同時に取り込んでいます。

チェロ AUDIX / SCX-25 ×2

チェロ AUDIX / SCX-25 ×2

アンビエンス SANKEN / CO-100K ×2

アンビエンス SANKEN / CO-100K ×2

事前に設定されたコンセプトでは、ヴォーカル用のマイクロフォンとして無指向性のNeumann KM 133 D を使用する計画ではありましたが、現場ではバックアップも含め3種のマイクを用意し、リハーサル時に比較検討が行われました。Gefell / UM-900、Audio-Tecnica / AT-4080、KM 133 D という3種のマイクロフォンを聴き比べ、アーティストを含む全員が KM 133 Dを選択。デジタル・マイクの “静けさ” は特筆すべきものがあり、デュオの相手であるピアノのマイクロフォンとマッチした選択となっています。また、天井に向けて設置されたSANKEN の CO-100K は、ホール・トーンや空間の拡がりを捉えるのに大きな役割を果たしており、同時に本作の肝となる"言葉の間"を、音として表現することにも貢献しています。

DSD収録実験

ピアノ BLUE / Stage One (B4)

ピアノ BLUE / Stage One (B4)

チェロ BLUE / Buleberry

チェロ BLUE / Buleberry

実験録音であるDSDでの収録に使われたマイクの選択とマイクポジションは弊社スタッフによるものです。唯一、ヴォーカルの KM 133 D と アンビエンスのSANKEN の CO-100K のみ、マイク・プリアンプのラインアウトから頭分けしてDSD録音でも使用しています。

Blue Microphones の Stage One は、マイク・カプセル(Bottle Caps)を交換できるのが特徴で、本作では B4:ビッグ・オムニ を採用。チェロはその音色から「人の声に近い楽器」とも言われるため、ヴォーカル用マイクロフォンとして定評のある Buleberry で捉えました。

※ Blue Microphones に関する詳細は、こちらをご覧ください。

メイン DPA / 4006A

メイン DPA / 4006A

マイク・プリアンプ:

マイク・プリアンプには、デジタル・マイク用に DMC-842 M が、各アナログ・マイクには Micstasy M が使用されました。ステージ上(デジタル・マイクの場合はマイクの本体内)で即座にADされた音声信号は MADI によってホールの楽屋に設置されたコントロール・ルームへ伝送されるため、長距離アナログ回線による音質の劣化を極力抑えることができます。また、コントロール・ルームとステージ上とのコミュニケーションを司るトークバックの音声も MADI で伝送すればケーブルの敷設も最小限となり、仕込みと撤収の時間を大幅に短縮することが可能です。

オーディオ・インターフェイス:

MADIface XT
メインのインターフェイスとして使われた MADIface XT
Fireface UFX+
バックアップ収録用として使われた Fireface UFX+

ステージからの MADI信号は光ケーブルによって MADIface XT に送られ、メイン・レコーダーである沢口氏の Merging Pyramix Native で収録されました。また、MADIface XT のミラーリング機能によって Fireface UFX+ にも同じMADI信号を供給。DURec を活用し、PCを使わずUSB接続のハードディスクに直接バックアップを収録しています。

DSDレコーディングは、STUDER 962 の出力を alphaton MPV-43P で分配し、正副2台の ADI-2 Pro と Sound it! で収録に望んでいます。

物理的な音響調整:

ピアノの下に設置されたのは、Vicoustics(ヴィコースティック) の「Multifuser DC2」。本来は室内音響調整用の製品を活用し、ピアノ下とステージとの平行面を解消することで音の多重反射・拡散を促しています。

※ Vicoustic に関する詳細は、こちらをご覧ください

徹底したEMCノイズ対策と振動対策:

沢口氏のレコーディングに欠かすことのできない存在となった、ノイズ対策と振動対策。商用電源に起因するノイズを徹底的に排除するために、ELIIY Power社の可搬型蓄電システム「パワーイレ」をステージ上とコントロール・ルームに配備し、全ての録音機材の電源供給を賄っています。

また、バッテリー電源以降の徹底したノイズ対策は、(株)JIONの宮下清孝氏によるもの。さらに、機材のみならずマイクスタンドに至るまで振動対策を実施。ハイレゾ・フォーマットはその解像度ゆえノイズもまた鮮明に記録されるわけですが、“ノイズを録らない” ための様々な工夫により、ハイレゾ・コンテンツにふさわしい “静けさ” を叶えています。


アーティスト・プロフィール

三枝 伸太郎三枝 伸太郎 (作曲・編曲・ピアノ)

1985年 神奈川県出身。東京音楽大学大学院音楽科作曲専攻修了。アルゼンチンタンゴのピアニストとして、2008年よりバンドネオン奏者、小松亮太氏のコンサート・ツアー、レコーディングに参加。その後、タンゴのみならず ジャズ、ポップス、ブラジル音楽など様々なジャンルで活動する。また作曲家として、シンガーへの楽曲提供、映画・演劇やダンスのための音楽など数多く手掛ける。映画音楽の仕事として、『忘れないと誓ったぼくがいた』『あぁ...閣議』など。2017年には歌舞伎俳優、坂東玉三郎の歌うシャンソンアルバム『邂逅~越路吹雪を歌う』にて音楽監督を務める。「喜多直毅クアルテット」「Tango-jack」のメンバーとして活動、2014年自身のオリジナル曲を主に演奏する「三枝伸太郎 Orquesta de la Esperanza」を結成、モダンタンゴからジャズ、現代音楽の要素を含むオリジナリティある作品を発表し続けている。

小田 朋美小田 朋美 (作曲・編曲・ヴォーカル)

1986年 神奈川県出身。東京芸術大学音楽部作曲科卒業。作曲家、ヴォーカリスト、ピアニスト。ソロ活動に加え、「CRCK/LCKS」ヴォーカリスト、「DC/PRG」キーボーディスト、「cero」ライブサポートメンバー、詩と音楽のコラボレーション集団「VOICE SPACE」コンポーザー、日本各地で行われる津軽三味線の名手・二代目高橋竹山の演奏会ピアニストや、CMやドラマなどの映像音楽制作など、多岐にわたる活動を展開している。2013年 1stアルバム『シャーマン狩り』(共同プロデュース:菊地成孔)発売、2017年ミニアルバム『グッバイブルー』を発売。映画『素敵なダイナマイトスキャンダル』の音楽を菊地成孔と共に担当、WOWOWドラマ『春が来た』の音楽を担当。

関口 将史(チェロ)関口 将史 (チェロ)

1983年 東京都出身。都立芸術高等学校音楽科、東京藝術大学器楽科卒業。3歳からチェロを始める。スタジオワーク、アーティストのサポート演奏、編曲、レコーディングを中心に、自身のプロジェクトまで幅広く音楽活動を展開するチェロ奏者。インストポストロックバンド、「Ja3pod」(ジャミポッド)主宰。「菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール」「phonolite strings」「VOICE SPACE」のメンバーとして活動。小田朋美、なつやすみバンド、ものんくる、cero、あだち麗三郎、古川麦、中村翔、うつくしきひかり、kaco等にサポートアーティストとして参加。

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