「世の中で困っている人達の役に立ちたい」 - 従来の工学部とは違った、人間に基づいた科学を研究し社会貢献を目指す神奈川工科大学創造工学部。同学部で研究中の音響を活用したシステムでRMEの製品が活躍している。音に対する造詣が深い同学部の高尾秀伸准教授と、同学部のシステム・インテグレーションを担当する株式会社アコースティックフィールドの久保二朗氏に話を訊いた。
ー 高尾先生の研究内容について教えて下さい
高尾:例えばITSってご存知ですか。高度道路交通システムというものです。これは前を走っている車との車間距離が縮まるとセンサーが反応をして警告を出したり、見通しの悪い交差点では飛び出してくる車の情報を予め検知して教えたりするもので、いろんな情報が車の中に入って来て一種の情報空間となっています。
昔のように前だけ向いて走っていればよい訳ではなく、ドライバーはカーナビのモニターを見たり、音声に反応をしたりと、一度にいろんな事を同時にこなさなければならない複雑な環境にあります。このような車載情報機器の操作が運転自体に支障をきたさないように、人間工学的な設計が求められています。
私は360度全ての方向から音を聴く事ができる立体音響を研究しています。音を立体空間的に出す事で、例えば、視覚障害者の方が耳だけで得る情報をより効果的に聴く事ができるようになります。研究を進める中で、情報の種類ごとに聞こえる方向を変える事で頭の中が整理され、記憶力が大幅にアップする事を世界に先駆けて発見しました。この理論をカーナビに応用し、従来のモニターを見る事で起こっていた運転中の『よそ見』を大幅に減少させる事に成功しました。安全で快適な車内情報空間を作るためには情報だけではなく、インプット・デバイスの使いやすさが必要とされ、視覚情報と聴覚情報が連動した対話型のシステムが求められており、それをどれだけ円滑に対話ができるかといった事を研究の主としております。
ー 研究においてRME製品はどのように活躍していますか?
高尾:カーナビとは別に知覚障害者向けの立体音響を用いたナビゲーション・システムを継続的に開発しており、久保さんにもずっと関わって頂いてアドバイスを貰っています。
以前は大掛かりなシステムを使って研究を行っておりましたが、RME Babyfaceを導入した事で『夢のポータブル化』に大きく前進しました。
ー 以前のシステムは台車に乗せて引かなければならない巨大な物だったそうだが、Babyfaceを導入した事でショルダーバッグに収まるサイズまで小型化できたとの事。今回は特別に研究中の立体音響・ナビゲーション・システムを体験させて貰える事になった。
ICタグが埋め込まれた地面に向かって、タグ・リーダーを搭載した白杖を振りながら歩くと、ヘッドホンからはユーザーが『進むべき方向から』ナビゲーション音が聴こえる。バイノーラル・プロセッシングが施された立体的かつ前後左右の位置関係が明瞭なナビゲーション音が、ユーザーが進むべき方向から聴こえてくるのだ。ユーザーが本来進むべき方向と真逆を向いてしまった場合は、ユーザーの後ろの方向からナビゲーション音が聴こえる訳だ。ユーザーはナビゲーション音がする方向に進むだけで目的地にたどり着く事ができる。さらに、ランドマークとなる設備、障害物の存在する位置を音源位置として、周辺情報を知らせる『ランドマーク音機能』も備える。例えば、歩行する右側に柱が存在する場合には、右方向から「柱」と音声で注意を促してくれる。実際に試して非常に直感的なインターフェイスだと強く感じた。
ー システムの概要を教えください
久保:音源(WAV)を再生すると共に各センサーのデータから自分の位置や向き、音との相対位置等を算出し、制御信号(MIDI)に変換して出力します。Babyfaceでは、まずそのオーディオ信号と制御信号をそれぞれADATとMIDIでA&G SOLUZIONI DIGITALI X-spat boXへ送ります。X-spat boXで各チャンネルの入力音源と、それに対応した制御情報に従い音を3D空間へ定位(前後左右上下)させ、8chのオーディオ信号として出力します。BabyfaceでX-spat boXからの8ch信号を再びPCへ送り、PC内でバイノーラル・プロセッシングを施してヘッドフォン用のステレオ信号となり、Babyfaceに接続されたヘッドフォンへと出力されます。以上をリアルタイムに行っているシステムです。
高尾:現存する最新のナビゲーション・システムでも『18メートル先を右』とか『何時の方角に進んで下さい』とか、言語で具体的にナビをするものが殆どです。でも、実際にその様な指示を受けても真っすぐ歩く事すら難しいので、殆どが実用的ではありません。我々のシステムは『感覚的に、そして直感的に』音を頼りにして、そして道順を覚える必要もなく歩行する事が可能です。
アシスタントを勤めた学生さんが続けて説明をしてくれた。
学生:視覚障害者の方が行う歩行訓練とは、壁伝いに歩く訓練を受けており、壁伝いでないと真っすぐに歩く事ができません。この立体音響ナビゲーション・システムを使う事で壁伝いではなく、経路の真ん中や斜めも横断可能であり、最短距離で目的地にたどり着く事が可能です。実際に視覚障害者の方に口頭で指示を出しながら誘導した場合、目的地にたどり着くまで15分掛かっていたのが、この立体音響システムを使った場合は3分で目的地にたどり着く事が出来ました。
確かな研究成果に自信を覗かせた。
ー RME製品の使用感はいかがですか?
久保:システム・インテグレーターからすれば、何よりも安心して使用できるという事がRMEのメリットです。お客様のご要望に合わせ、毎回異なるシステムを納入しているので、他のハードウェアやソフトウェアとのマッチングは非常に重要です。『システムを組み上げたら動かなかった』という事は、RME製品を使用していてこれまでに一度もありません。
特に納入システム毎に仕様変更のある自社開発ソフトウェアを使用するにあたっては、RME製品のドライバーの安定度には大変助けてもらっています。どのRME製品を使用したとしても、ソフトウェアに大きな修正を加えることもなく当たり前のように安定動作し、無駄な開発コストを抑えることができています。そうした製品のモデル数が多いということも、システム・プランニングにおいて非常に助かっているポイントです。
そして何と言っても私のシステムに欠かせないのが、自由度の高いTotalMixとMatrixです。マルチ・チャンネルの信号がPCと外部機器とを行きかい、かつ複数経路へパッチされると言った複雑なシステムを、自由にアサイン可能なTotalMixとMatrixが一発で解決してくれます。 これは他のメーカーには無いRME最大のメリットです。
久保:モビリティが要求される神奈川工科大学様のシステムにおいては、小型ハードウェアの使用が必須条件でした。しかも、小型でありながら外部接続をマルチ・チャンネルで行えるオーディオ・インターフェイス。そこへ登場したのがBabyfaceでした。このサイズでADAT入出力を装備し、マルチ・チャンネルの信号を外部機器とやり取りできる、まさにこのシステムのために生まれた製品です。結果、8chのプロセッシング・システムを、ショルダーバッグに入れて持ち歩るくことに成功し、神奈川工科大学の研究に大きく貢献しています。
音に関しては、多くのプロの支持を集めている通りです。私は過去にハイエンドなAD/DAコンバーターを扱っていたこともあり、オーディオ・インターフェイスを含め、そうした製品は『音に色付けがあってはならない』もの、という考えを持っています。RME製品もそうした良い特長をもっており、聴覚研究や音場計測などのシステムにも安心して使用できます。上記に挙げたようなメリット等と総合すれば、私にとってこれほどコストパフォーマンスの高い製品も珍しいです。
神奈川工科大学では学内の音楽好きなら誰もが参加できる『次世代音楽・音響システムプロジェクト』を開設している。楽器製作、楽器の演奏、作曲、録音と、音楽大学も顔負けの充実した内容を誇っており、音楽スタジオまで完備している。研究室には学生達のギターが何本も並んでおり「音を(使った研究)やるには楽器くらいは弾けないとね」と高尾准教授は笑いながらギターを指した。
また、本システムに使われている高度な音響プログラミングは学生達が行っており、その習熟度の高さにも大変驚かされた。「音響が本業なのでは?」と錯覚を感じてしまい、アシスタントを努めてくれた学生さんに入学した動機を尋ねると「福祉関係に興味がありました」と答えてくれた。
音響は手段であり目指すは「人に優しい未来」を。
小さなBabyfaceから素敵な未来が生まれる事を祈り、キャンパスを後にした。
高尾秀伸 博士(人間科学)プロフィール
神奈川工科大学 創造工学部 ロボット・メカトロニクス学科 人間福祉・健康科学コース 准教授
同大学先端工学研究センター 認知行動科学研究室長
社団法人日本人間工学会 評議員 / 同論文誌編集委員 / 同システム大会部会 幹事
ヒューマンインタフェース学会 正会員
人間中心設計推進機構 正会員
専門分野:人間工学,人間中心設計,福祉工学
椅子の座り心地の研究からよそ見を減らすカーナビのユーザ・インタフェースまで,人に優しいモノや環境の開発に必要な人間特性を明らかにする研究に従事。近年は文科省の助成を受けて推進中の「視覚障害者が立体音を頼りに歩行できるナビゲーション・システム」の研究で成果を上げている。大学では自転車部の顧問を務めており、天気のいい日は自宅から往復60kmを自転車通勤している。
久保二朗 プロフィール
株式会社アコースティックフィールド 代表取締役
1993年、株式会社タイムロード入社。プロオーディオ事業部セールス・エンジニアとしてキャリアをスタート。ヴィンテージのアナログ機器から最先端の高品位デジタル機器まで幅広く扱い、早くからハイビット&ハイサンプリングの世界も経験。1996年ころから企業のR&Dや大学の研究室、国の研究機関を顧客とする特殊音響システム事業部を兼任し、立体音響やバーチャル・リアリティのシステム・インテグレート事業を開始。
その後もレコーディング、マスタリング、MA、PA、放送、映画、研究、コンシューマーなど、あらゆる分野の音を学び、2007年特殊音響システム事業を受け継ぐ形で株式会社アコースティックフィールドを設立。 システム・インテグレート事業に加え、企業や大学への研究協力やコンサルティング事業にも従事する。