「坂本龍一|音を視る 時を聴く」~前編~ 「async-immersion」 のインスタレーション・サウンドに込めたZAK氏の思い - Synthax Japan Inc. [シンタックスジャパン]
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「坂本龍一|音を視る 時を聴く」~前編~
「async-immersion」 のインスタレーション・サウンドに込めたZAK氏の思い

「坂本龍一|音を視る 時を聴く」~前編~ 《async-immersion》 のインスタレーション・サウンドに込めたZAK氏の思い

「坂本龍一|音を視る 時を聴く」東京都現代美術館、2024年
坂本龍一+高谷史郎《async–immersion tokyo》2024年 ©2024 KAB Inc. 撮影:浅野豪

音楽家・アーティストである坂本龍一の大型インスタレーション作品による大規模個展「坂本龍一|音を視る 時を聴く」が、2024年12月21日から2025年3月30日までの約3か月間、東京都現代美術館にて開催されました。

会期中は記録的な来場者数を迎え、訪れた人々はRMEオーディオ・インターフェイスが音響演出に使用された多彩な作品展示空間を体験しました。

前編である本記事では、展示の中でも特に存在感を放っていた作品《async–immersion tokyo》(坂本龍一+高谷史郎)の音づくりを担ったサウンド・エンジニアのZAK氏へのインタビューをお届けします。

※後編では、サウンド・プログラミングを手がけた濱哲史氏のインタビューをご紹介します(近日公開)。

『async』は、坂本龍一氏が2017年に発表したスタジオ・アルバムです。この作品のアートワークを高谷史郎氏が手がけたことをきっかけに、同年のワタリウム美術館「坂本龍一|設置音楽展」でのインスタレーション《async-drowning》、ニューヨークのパーク・アヴェニュー・アーモリーでのコンサート「RYUICHI SAKAMOTO: async AT THE PARK AVENUE ARMORY」、2018年に発売された5.1chサラウンドのBlu-ray版『async-surround』の映像を高谷氏が制作しました。

そして坂本氏の没後、2023年に開催されたアンビエントをテーマとする視聴覚芸術展「AMBIENT KYOTO 2023」にて、アルバム『async』をベースに、高谷氏による映像と、ZAK氏による立体音響を組み合わせたインスタレーション 坂本龍一+高谷史郎《async-immersion 2023》として発表されました。会場となった京都新聞ビル地下の広大な空間には、35台のスピーカーと巨大なスクリーンが設置され、没入型の体験が実現しました。

今回の「坂本龍一|音を視る 時を聴く」では、《async-immersion 2023》が東京都現代美術館の展示室サイズに合わせて最適化され、インスタレーション《async–immersion tokyo》として14台のスピーカーで構築されました。多くの来場者で賑わう中でもしっかりと音量感が保たれています。また、『async』のコンセプトである「シンクロ(同期)を否定する」という思想に基づき、同期しない雨や風などの自然音が収録・構成されており、来場者はその音響に深く没入することができます。

映像と音が揺らぎながら変化していくなかで、観る者はふと時間の経過を忘れてしまうような、不思議で豊かな体験を味わえる作品です。

▶︎ 「AMBIENT KYOTO 2023」のZAK氏インタビューはこちら

AMBIENT KYOTO2023での《async–immersion》

AMBIENT KYOTOでの《async–immersion 2023》。京都新聞ビル地下の広大な空間で展示された。


- 今回の「坂本龍一|音を視る 時を聴く」でZAKさんが担当された《async–immersion tokyo》についてお伺いします。《async–immersion tokyo》の前身となったAMBIENT KYOTO 2023での《async-immersion 2023》は、京都新聞ビルの大きな地下空間での展示でしたが、今回の《async–immersion tokyo》とではどんな違いがありましたか?

2023年のAMBIENT KYOTOでの《async-immersion 2023》と比べ、今回は空間的なスケールで見ると半分くらいのサイズなので、前回とは違うものを作らないと、と思っていました。元の音の響きを調整するために、ソフトウェアを使って少し音を広げた状態でミックスをやり直しています。例えば音の中心を少しズラしたりとか、そういう意味では前回とは違うバージョンになっています。

《async–immersion tyokyo》ZAK氏インタビュー

 

- 《async-immersion 2023》の会場の京都新聞ビル地下は天井の高い空間でしたが、今回の《async–immersion tokyo》はいわゆる展示室的な環境で、音もかなり違う印象がありました。

京都新聞ビルは会場のどの場所でもある程度成立する音場になっていて、真ん中で聴くと立体感があるように作っていました。今回は前回のようにバラバラにするには距離が近いのでひとまとめにしています。東京都現代美術館の展示室だとセンターでしゃがんで聴くのがベスト・ポジションだったりもして、そこだとペタっと張り付いてくる感じで聴こえたと思います。

 

- 今回の《async–immersion tokyo》のスピーカー・レイアウトは8.2.2.2chでしたね。

フロントが4chでリアが4ch、それと僕が“ウイング”と呼んでいるDolby Atmosで言うところのLRのさらに外にいるワイドが2ch、あとはサブウーファーの2chと天井のハイト・スピーカーが2chです。

 

- サンプリング・レートは96 kHzでした。

もともと『async』のセッション・ファイル自体が96 kHzということもありますが、どのサンプル・レートが適しているのかはケースバイケースです。必ずしも高解像度であれば良いわけではなく、48 kHz / 16ビットのほうがいい場合もあります。サンプル・レートやビット数が下がると音が塊になり、そのぶんボディが見えやすくなる。だから、明確な構成で高域などがそこまで無くても快楽性のあるサウンドには合います。それよりも単純な楽器構成だったり、『async』のように複雑な音のレイヤーの網目や縁を見せたいのであれば、高いサンプル・レートの方が有効だと思います。

 

《async–immersion tokyo》では、RMEのFireface UFX IIIをオーディオ・インターフェイスとして、RMEのFireface 802 FSをDAコンバーターとして使用しています。

《async–immersion tokyo》では、RMEのFireface UFX IIIをオーディオ・インターフェイスとして、RMEのFireface 802 FSをDAコンバーターとして使用。

 

- 今回の展示は来場者も多く《async–immersion tokyo》の展示室もかなり混雑していましたが、それでもしっかり音に浸れる充分な音量感がありました。

実は会期の途中で全体の音量を上げました。オープン前は少人数しかいない状態なので、そのときと比べて反射が少なくドライな音になっています。僕が想定していた満員感よりも、実際には2~3倍くらい人が多かったこともあり、+3 dBくらいは上げました。今日会場を見たところ、もう少し上げたいくらいでした。ただ他の展示室との音の干渉もあり難しいところですね。インスタレーションなどの複合的な展示ができるインフラやテクノロジーが整った展示空間があれば、そこに合わせて音ももっと作りやすくなると思います。

 

- ZAKさんはPAからレコーディング、ミックスと幅広くご活躍されていますが、インスタレーション系の音響設計というのは、先述した他のエンジニアリングのお仕事と違いはありますか?

基本的に音のまとめ方は変わらないですね。ただ、インスタレーションはライブPAとは違い、1度決めた音で固定されるのでその意味ではパッケージ作品に近いです。それに加えて公共の場でみんなで共有して聴く・体験できるものでもあるので、人が入った状態だと音も変わります。そこまで加味して作らないといけないのがインスタレーションです。無人の状態では考えられないし、会場のルーム・アコースティック環境、もちろん作品のビジュアルも大きく影響します。

 

- 確かにルーム・アコースティック環境の影響も大きいですよね。コンサートとはまた違いますし。

コンサートは来場者に“聴く”という意思が共通していますが、インスタレーションは何を目的に観に来ているかもこちらには分かりません。特に今回の企画展は年齢層も幅広く、みんなが違うところを見ていたりもします。そのなかでひとつ言えるのは、今は時代的にもビジュアルの意味合いが強いということ。なので、強い意味合いを持ったサウンド・インスタレーション作品を作って発表していけば、時代の矛先も変わっていって面白いのかなと思います。

 

- インスタレーションにおけるサウンド・クリエイティブのどんなところに面白さを感じていますか?

これが質問の答えになるかは分からないのですが、僕は以前に舞台音響の仕事をしていたこともあり、やっぱり舞台はライブなんですよ。役者がひとりでも舞台にいる時点でその場でエラーが起こっていて、本来何にも起こらない定常状態のところに人がいるだけでカオスになる……それは数値的にもそうであり、何かが起こります。インスタレーションはそれとは違いますが、僕はやっぱりカオスの状態が好きなんですよ。前回の《async-immersion 2023》は場の力があり、それは今言った “すでに起こっている”場所にお邪魔する感じになりますが、今回の場合は紙芝居のように立ち上げ直さないといけない意識がありました。いずれにせよ「async–immersion」という同じ作品を、京都新聞ビルと東京都現代美術館という違う会場で展示することで勉強にもなりましたね。

 

- どういうところが勉強になったのですか?

京都新聞ビルの《async-immersion 2023》は坂本さんが亡くなってすぐの時期でしたので、来場者にとっては弔いに来るという意味合いが強くなるだろうということは意識していました。『async』は映像作品のような部分もあるので、坂本さんが脳内で再生した『async』を1度物理的に展示会場で再生する、もちろんそれが坂本さんの頭の中の音とまったく一致するとは思いませんが、そのイメージを映像的な音響に立ち上げることが目標でした。そしてそれをみんなが聴くことで、ある種の共感を得られる作品にしたいなと。もうひとつ坂本さんの作品をあの大きな場所で世に出すということは、何か特殊な空間を立ち上げたい、という思いもありました。

 

- 今回と前回では空間的な違いに加えて、ZAKさんの心境的な変化もミックスに表れていたんですね。

技術的な部分でいうと、前回の《async-immersion 2023》ではオリジナルのミックスをあまりリファレンスにしていなくて、あの京都新聞ビルという場所なら、こういうバランスが良いと思って作っていました。でも今回の《async–immersion tokyo》は、たくさんの作品のなかのひとつとして展示されるものなので、一歩引いた目線というか、オリジナルの『async』の2ミックスをリファレンスにしながら作業しました。バランス的にもよりオリジナルに近くニュートラルにしています。僕が坂本さんのインスタレーション作品に関わったのは《async-immersion 2023》からですが、それ以前から2013年のYCAMで展示した《LIFE―fluid, invisible, inaudible...》のインスタレーションとライブをミックスしたパフォーマンスのPAなども担当していて、その頃から立体音響の設計をしていました。坂本さんとは長年共有するものがあったので、これまで音に関してあまり話しあったことはありませんでした。ご本人がもし生きていたらもっとやれていたっていうところがあるので、京都の時は僕のなかでは遠慮するのは良くないと思っていました。そういう思いもあり、今回はあえて一歩引いて、ニュートラルな方向になったのかもしれません。


次回の「坂本龍一|音を視る 時を聴く」~後編~では、《TIME TIME》《LIFE–fluid, invisible, inaudible…》のサウンド・プログラミングを担当した濱哲史氏へのインタビューをお届けします。

作品のシステム構築やサウンド演出の裏側、そして坂本龍一とのつながりを感じる機材選定のこだわりまで、濱氏ならではの視点で語っていただきました。

「坂本龍一|音を視る 時を聴く」~後編~
濱哲史が語る、インスタレーションにおけるRMEの優位性
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ZAKZAK
サウンドディレクター
FISHMANSなどの仕事で注目を集める。UA、BUFFALO DAUGHTER、BOREDOMS、坂本龍一、フリクション、原田郁子、相対性理論、やくしまるえつこ、青葉市子、三宅純など、多くの先鋭的なアーティストのレコーディングやライブ、現代美術の村上隆との共作、演劇、インスタレーション、展示作品、近年は公共施設など様々な音響も手掛けている。

「坂本龍一|音を視る 時を聴く」

「坂本龍一|音を視る 時を聴く」は、2000年代より音を展示空間に立体的に設置する試みに取り組んでいた坂本龍一の作品を一堂に介した大規模な展覧会です。

坂本作品の多くに関わってきた高谷史郎との共作である5つの作品《LIFE–fluid, invisible, inaudible…》、《TIME TIME》、《water state 1》、《IS YOUR TIME》、《async–immersion tokyo》に加え、タイの映画監督アピチャッポン・ウィーラセタクンとの《async–first light》、《Durmiente》、2000年代前半より坂本と作品制作を手掛けてきた電子音楽家のカールステン・ニコライの作品に坂本の音楽を用いた《PHOSPHENES》、《ENDO EXO》、真鍋大度との共作であり電磁波を捉えたセンシング・ストリームズの最新作《センシング・ストリームズ 2024―不可視、不可聴(MOT version)》、「霧の彫刻」で知られる中谷芙二子と高谷史郎との共作《LIFE–WELL TOKYO》霧の彫刻 #47662、岩井俊雄との音楽と映像のコラボレーションによるアーカイブ展示作品《Music Plays Images × Images Play Music》が展開されました。

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